若者の夢を引き受けるステージを創造したい。
「自分らしく生きてゆきたい」と思わない若者はいません。文化(映像、音楽、ファッション、アート etc)や社会活動(福祉、ボランティア、環境保護 etc)、ビジネスなど、現代の日本の若者は多様な人生の評価軸を持つようになっています。それこそが戦後日本が手に入れた「豊かさ」であると言えるでしょう。
しかし、日本の社会が若者に認める評価軸は今だに<学力社会+企業社会>のみ。これまで日本社会は、学校と企業を中心とした単一の生き方を若者に強いてきました。「映画監督になりたい」「ファッションデザイナーになりたい」「環境ボランティアをしたい」といった若者の多様な夢に対して、実社会にはあまりにチャンスが乏しく、若者のモチベーションを低下させることしかできていません。
アメリカ社会は「階層社会」と言われながら、政治家やトップビジネスマンから、地域ボランティアやリトルリーグの監督まで、社会に対する多様なかかわり方を持つ人々が尊重し合い、個々の生きがいを追求できる多軸社会を形成しています。地域活動や人材交流、各種スクール、インターン、投資システムの充実により、多くの分野で実社会が若者の夢を引き受け、モチベーションを喚起する仕組みが用意されています。
「今の若者には志がない」「今の若者は努力しない」という世間一般の考え方に私たちは賛同しません。長年、学生を中心とする若い世代の近くで事業を展開してきた立場として、「むしろ今の社会が若い才能と努力を引き受けていないことが問題である」と思っているからです。
バブル期に多くの企業が文化支援事業としていわゆる「企業メセナ活動」を実施しました。しかし美術館やホールは建てても、文化の育成への投資はほとんどありませんでした。今、その美術館やホールでは海外の美術作品やオーケストラばかりがさかんに誘致されています。各分野で次代の社会を担う若者のモチベーションを高め、育てていくことが日本の生きる道であり、長年放棄してきた最大の課題なのではないでしょうか。
JCF学生映画祭は、「若者の夢を引き受ける仕組みをつくる」という観点から、若者の才能や努力を引き出し、育成するステージを創造していきます。
世の中に貢献する才能の発掘・育成を目的とした学生映画祭
「JCF学生映画祭」は、「世の中に貢献する才能の発掘・育成」をコンセプトとした学生映画祭です。
一過性のイベントで終わるのではなく、一貫して「才能の発掘と 育成」を掲げてきたことで、多くの若者の注目と支持を集め、日本を代表するインディペンデント映画祭となりました。
JCF学生映画祭は、1989年当時の竹下内閣の<ふるさと創生資金>の1億円を活用した地域振興という目的の為に、夕張市が主催・開催していた「ゆうばり国際ファンタステイック映画祭」(現在の同名の映画祭がありますが、主催形態が違います。)の10周年特別協賛企画として、1999年に<学生映画の甲子園>を合言葉に、当時の949団体のクラブ・同好会・サークルが所属する日本サークル連盟(Japan Club・Circle Federation)が主催した<ゆうばり国際ファンタステイック映画祭 特別協賛企画 第1回JCF学生映画祭>の流れを組み、第1回から第3回までを夕張市で開催、第4回は沖縄県那覇市と共催でアジア部門も拡充し、受賞監督に新作映画を製作支援するオキナワコンテンツラボを実施しました。
第5回目は初の東京開催で、東京お台場の温泉施設「大江戸温泉」内で「世界初!畳の上で映画祭」を開催、2010年にLVMH(ルイヴィトン)映画祭で短編部門グランプリを受賞した月川翔君(当時成蹊大学在学)を輩出しました。第6回は愛知万博の公式プログラムとして、EXPOHALLで開催し、国際学生映画祭として世界各国の学生作品を集め世界のレベルを披露致しました。
第7回は運営を完全に学生だけ行う形のフレームに移行し東京・上野の東京国立博物館で開催いたしました。